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松江地方裁判所 昭和29年(行)7号 判決

安来市清瀬町一四七番地

原告

岩崎貞次

右訴訟代理人弁護士

川上広蔵

被告

安来税務署長

右指定代理人

西本寿喜

加藤宏

米沢久雄

常本一三

内山嘉夫

長沢武男

土谷武夫

右当事者間の昭和二十九年(行)第七号所得税更正決定取消請求事件につき当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が原告に対し昭和二十八年七月二十日なした昭和二十七年度課税総所得金額を七七、三〇〇円とする更正処分はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因並びに被告の主張に対する答弁として、次のとおり述べた。

原告は被告に対し、昭和二十七年度分所得税に関して課税総所得金額を四一、八〇〇円と申告したところ、被告は昭和二十八年七月二十日右金額を七七、三〇〇円と更正する旨の処分を行い原告に通知したので、原告はこれを不服として法定期間内に広島国税局長に対し審査の請求をしたが、同局長は昭和二十九年七月十四日請求棄却の決定をなし同月二十一日原告にその旨通知してきた。

けれどもその後精査したところによると、原告の昭和二十七年度中の総収入金額は三五七、九四三円、必要経費は二一五、六九八円、総所得金額は一四二、二四五円であり、扶養控除等の諸控除を行うと課税総所得額は零となる。

従つて前記更正処分はその全部につき違法であるから、その取消を求めるため本訴に及んだものである。

被告主張の標準率は妥当なものとはいえない。とくに原告が耕作している田畑は砂質地であるため一般に比べると多額の肥料費を要し、また原告は人手が足りないためより多くの傭人費を必要とするのに、これ等の実情は無視されている。従つて右標準率によつて算出せられた所得額はこれを認めることはできない。被告主張のその余の事実はすべて認める。

立証として甲第一号ないし第一八号証を提出し、証人山本与吉の証言及び原告本人尋問の結果を援用し、乙第一、第二号証の成立を認め、第三、第四号証の成立は知らないと述べた。

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として請求原因事実のうち、原告主張の昭和二十七年度中総収入金額、必要経費および課税総所得金額は争う。その余の事実はすべて認める。と述べ、被告のなした更正処分が適法であるゆえんを次の通り主張した。原告は農業経営者であり、その確定申告は収支計算によるものであつたが、被告はその実額を明確にする資料を得られなかつたので、原告居村の農業所得標準率によつて原告の農業所得を二三八、六三四円と推計して右更正処分をなしたものである。その後、被告の調査したところに右標準率を乗じて算定すれば、別紙所得一覧表のとおりその所得は二四八、二七〇円であるから、これ以下においてなされた右更正決定は適法である。

立証として乙第一号ないし第四号証を提出し、証人山本勲、待来穰、持田良一、斎藤定寿、遠藤清の各証言を援用し、甲第一号ないし第四号証、第一二号証、第一四号証、第一五号証の各成立を認め、爾余の乙号各証の成立につき不知と答えた。

理由

原告が農業経営者であること、原告が被告に対し昭和二十七年度分の所得税について課税総所得金額を四一、八〇〇円と申告したのに対し、被告が昭和二十八年七月二十日附をもつて右所得額を七七、三〇〇円と更正する旨の処分を行い、これを原告に通知したこと、原告がこれを不服として法定期間内に広島国税局長に対し審査の請求をなしたところ、同局長が昭和二十九年七月十四日請求棄却の決定をなし、同月二十一日原告にその旨通知したことは当事者間に争いのないところである。

そこで右更正処分が適法かどうかについて判断する。

被告が右更正処分をなすにつき原告の所得を推計方法によつて算出したことは当事者間に争いのないところ、原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和二十七年度中の収支につき記帳を行つていないことが明らかであり、他方証人遠藤清の証言によれば、本件更正処分に先立つて税務係員が原告の所得について調査をなした際、原告はその収支の実額を明らかにする資料を提出しなかつたことが認められるから、さような場合には推計方法により所得を算定せられるのもやむを得ないことといわなければならない。

次に右推計に用いた農業所得の標準率について考えてみるに、成立に争いのない乙第一、第二号証、証人山本勲、持田良一、山本与吉の各証言を総合すると、右標準率は先ず安来税務署管内の一六町村を山間部、中間部、平坦部に分類し、その各部のうちから五戸ないし一〇戸について坪刈調査、在庫米調査をなして収穫量の調査を行い、他方公租公課、種子費、肥料費、傭人費、農具の購入修繕費、減価償却費、動力費その他の必要経費について実態調査をなし、更に町村役場、農業団体、商店等についてその裏付調査をなしてその案を作成し、次いで農民組合の組合員並びに町村役場の税務主任の意見を徴してこれに修正を加えたうえはじめて標準率として確定せられるものであること、この標準率は毎年作成されるものであること、こうして作成された標準率は田の表作裏作、普通畑および産犢につき別紙一覧表のとおりであり、たばこ畑について反当り賠償金に〇、六四三を乗じ五、三五〇円を控除した額であることがそれぞれ認められるから、これ等の事実からすれば右標準率は客観的でありかつ公正妥当なものであると断ぜざるを得ない。甲第一八号証の記載内容はこの認定を覆すに足らない。

原告はその耕作する田畑が砂質地であるため、一般に比べて多くの肥料を要すると主張するのであるが、これを認めるに足る適確な証拠はない。かえつて証人遠藤清、斎藤定寿の各証言によれば、前記標準率には原告の田が砂質地であることが加味されていること、砂質地であるからといつて必ずしも多くの肥料費を要しないこと、原告は税務係員の調査に際し多額の肥料費を要することを訴えながら、その資料となるべきものを提出しないばかりでなく、右係員の調査によると反対にその事実でなかつた事実が窺われること等がそれぞれ認められる。成立に争いのない甲第三号証の記載内容は右証言並びに当裁判所が成立の真正を認める乙第三号証の記載内容に照らしてこれを措信しない。

また原告は多くの傭人費を必要とすると主張し、原告本人尋問の結果によつて真正に成立したと認める甲第八号証によれば、原告は田の植付のために延二〇人を傭入れたことが認められるのであるが、他方右本人尋問の結果によれば原告の田の耕作面積は一町四反であることが認められ、それが一般に比して多きに過ぎるといえないことは経験則上明らかであるから、甲第八号証を以つて原告の右主張を認定することはできず他にそれを首肯させるに足る証拠はない。

しかして原告の昭和二十七年度における田表作の収穫高、田裏作、普通畑、たばこ畑の各耕作面積、産犢の売上価格およびその他の収入支出がいずれも別紙一覧表のとおりであることは当事者間に争いのないところであるから、これ等に前記標準率を乗じて原告の所得額を求めた被告の更正処分は、合理的であつて相当といわなければならない。もつともさきに認定したたばこ畑の標準率は被告主張のそれと異るのであるが、前者を右たばこ畑の耕作面積に乗じて得た数額は、被告主張のたばこ畑の所得額を超えた額になるから右判断を不当とするものとはならない。

そうすると結局本件更正処分は適法であることに帰するから、これを違法として取消を求める原告の請求は失当であり棄却を免がれない。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山崎林 裁判官 西俣信比古 裁判官 飯原一乗)

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〈省略〉

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